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元博多高校教師が考察する、先生に対する暴力行為の背景について

 
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上の名前がコージ、下の名前がコーダイです。 兵庫県生まれ、福岡市在住。 最近、長男が生まれてパパになりました。 暇を見つけては講演、研修の講師をしています。 人の意識を変え、国際協力の必要のない持続可能な社会にすることが目標です。
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検索、twitter、Facebook等から来られた方へ。

この記事は、29日に匿名希望としてどこかの学校の先生が「私も同じような状況です」と投書しているのをきっかけに書いたものです。荒れた状態の学校のことは外の人からは想像しにくいと思いますし、私自身も実際に働くまで想像もしなかった問題でしたので、少なくとも中を知るものとして解決の糸口と合わせて、周囲に期待することを発信することに価値があるのではないかという思いで若干の推測を交えながら書いております。

もちろん、今回被害にあった先生との面識もなければ、学校とのやり取りもしていませんので、私一個人の見解であることをご承知ください。

また、タイムリーかつ、テーマ的にも多くの人の目にとまる中で不快な思いをされる方がいらっしゃるかもしれません。あらかじめお詫びしておきます。

今回の事件について個別の質問などについては答えられる立場ではありませんので、ご承知おきください。同じ理由で、SNS上の議論に直接口を出すことは私の方からはしておりません。

ここに書いてある内容で理解ができない部分がある、という場合は右上のお問い合わせフォームよりご連絡いただければ可能な限りご回答をさせていただこうと思います。しかし、それも個人でできる範囲でのみですので、状況次第ではご返信ができない場合があることもご了解ください。(10月1日,追記)

色々迷いましたが、書きます。

生徒による教員への暴力行為を撮影した動画がtwitterによって拡散された件で、何かと今取り上げられている「博多高校」で約10年前、私は働いていました。

何の話?っていう人は「博多高校 暴行動画」などで検索すれば山のように情報が出てきます。

私自身が身分を明かして本名で書いておりますので、あえて高校名を伏せずにそのまま考察させていただきます。

動画を見られて、驚かれた方も多いかもしれませんが、私も勤務して1年目似たようなクラスを持ったことがあります。見た瞬間「さすがにこれはないな」と思いながらも、その直後に、「いや、あるな」と思いました。

「教育って何やろう」

そんな問題意識が高まって、私は退職後に大学院に進学したのですが、その頃のことを思い出しました。

今回の報道で一番ダメージを食らっているのはおそらく該当教員だと思いますので、あえて批判的に考察をさせてもらいたいと思います。泣き面に蜂じゃないか、追い討ちをかけたいのか!という意見もあろうかと思いますが、どうして批判的に考察をするのかについては後半で説明します。

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なぜこうなってしまっているのか

単刀直入にいうと、諦めているからです。そして、認めているからです。

動画を見た瞬間にそれは分かりました。

だって、クラスの状態が崩れているのを無視して授業を進めているからね。

最初から荒れるクラスはありません。生徒は教師が思っているよりも教師の顔色を伺っています。

例えば、ちょっと失礼な発言をしてみて、あるいは反抗的な態度をとってみて、反応を見ています。そして、「あ、この人はいけるな」と思ったら徐々に崩れていきます。一人が崩れると、それを見た周りも崩れていきます。そして、学級全体にそれが波及するのにそんなに長い時間は必要ありません。

ちなみに、私が1年目に持った崩れていたクラスは教員側の反応をみることなく、最初からフルスロットルで崩れていました。最初から荒れるクラスはなくても、荒れた状態で引き継ぐことはあります。その場合はスタートの瞬間から荒れています。あれは本当に別格でした。ガヤガヤなんてものではなく主要幹線道路を挟んで授業をするかのような状況で、今思い返せば懐かしい記憶です。

荒れるから、諦める。諦めるから、荒れる。そして、認める。

鶏が先か卵が先かみたいですが、この場合は完全に「荒れる」が先です。

荒れるとどうなるか。だんだん嫌な気分になるのです。

今回のクラスを持っていた先生は23歳ということなので、1年目もしくは2年目の先生でしょう。きっとどうしようもなかったんやと思います。どんな気持ちで教壇に立っていたのか、ものすごくよく分かります。

クラスが荒れる。嫌な気分になる。指導をしても指導が届かない。嫌な気分になる。

そして、諦めます。諦めるとどうなるか、クラスが崩れていることを認めてしまいます。

あるいは、「クラスの中にも、何人か授業を受けたい生徒もいる。その生徒のために授業をしなければ」みたいな感情が沸き起こってきて、というかその感情を拠り所にして、騒ぎ立てている生徒を頭の中でシャットアウトします。

結局、意図していなかったとしても先生の「公認」で生徒が授業と関係のない活動を始めるのです。

結局はコミュニケーションの問題

教師と生徒の間にコミュニケーションが成立していないのです。あるいは、学校と生徒の間のコミュニケーションエラーとも言えるでしょう。荒れる学校になればなるほど、学校は生徒の話を聞きません。そして、ルールに縛りつけようとします。

「うるさい!」「授業を聞きなさい!」「私語をやめなさい!」

みたいな表面的な指示では解決できません。特に困難校において。だから、伝統的には体罰が横行していたのです。そりゃ殴れば黙るでしょうよ。実際、ネット上の意見として「こんな奴ら体罰でええやろ」「教師もやり返せよ」みたいな発言が横行していましたが、ほんまにそれでええでしょうかね?

想像して見てくださいよ。

例えばタバコを吸っている生徒捕まえて、生徒指導室に連れて行ってボコボコにしたとして根本的な問題解決しますか?きっと、その生徒はボコボコにされたことを忘れるために、またタバコに火をつけるでしょう。

だから、私は高校教員時代にタバコを吸っている生徒の指導はかなりまどろっこしい方法で時間をかけてしていました。自分のクラスの生徒の喫煙状況や飲酒状況についてはかなり把握していたと思います。

「ちょっと口を開けてみろ」「やについとるやん」「なんでタバコなんか吸いよるんや?」「いつから吸いよるんや?」

生徒「吸ってないし」

「いや、ええから。吸っとるんは知ってるねん。聞いてるんはそんな話しちゃうねん。なんでタバコ吸わなあかんの?」「一日に何本吸いよるん?」「どんな時に吸いたくなるん?」

生徒「・・・」

「まあ、やめとき。ええことなんもないから。まず今持っとるタバコを捨てなさい。吸いたくなったらまた買え。というか、買うな。友達が吸っとるから吸いたくなるなら、吸ってる友達も全員タバコやめさせろ。その金で遊びにでも行けばええやろ」「とにかく、お前にタバコを辞めてもらいたいねん!心配やから!」

生徒「・・・わかった、やってみる。また吸いたくなったら相談する。」

覚えているのは、だいたいこんな感じです。

授業中の私語なんかも同じです。とことん話をするしかないんですよ。

「なんでなん?」「我慢できひんの?」「もしかして、俺の授業がそんなつまらんの?」「どんな分野が好きやねん」

質問(雑談)の中から、生徒の潜在的な問題を引っ張りだしていくしかないんですよ。

そして、

「問題は一緒に解決しよう。お前に話を聞いてもらいたいねん!!!!」

っていうメッセージをしっかりと伝えていかなあかんと思うんですよね。そのためには、聞いてもらいたい話(授業)の準備へのモチベーションも上がるでしょう。生徒の意見を聞きながらええ授業ができたら、多分生徒も聞きます。

少なくとも、私は自分が教員をしていた時は、そんな風にしつこく生徒に話しかけていました。

生徒指導ってなに?

生徒指導は、生徒の話を聞くことです。生徒の話を徹底的に聞かないことが生徒指導やと思っている生徒指導の先生が世の中にはかなりの数います。

そして、話を聞いてルールを作ることが生徒指導です。枠の中に当てはめるんじゃなくて、生徒と協働で枠を作るんです。

進路指導という名前の生徒指導をしてもいいわけですよ。

「お前将来はなんかしたいもんあるん?」

「へー、そんな夢あるんやったら少なくともこのぐらい◯◯はできるようになった方がええな」

「今の学校での生活を見とったらとてもじゃないけど無理やから、一緒にちっちゃい目標たてようか」

生徒指導の根底にあるべきなのは「私はお前に興味があるぞ」という姿勢です。

そんなまどろっこしい指導をするのが生徒指導です。

実際、枠がはっきり見えていた方が楽なんです。ベテランの先生はこの枠の作り方がうまいです。

そして、生徒は枠の中に生きる(ルールを守る)ことが心地いい、と学習します。

言うは易く行うは難し

さて、冒頭であとで説明をすると言ったなぜあえて批判的に書いたかについて説明します。

それは単純な理由です。多分、上に書いたようなことを教えてくれる人(同僚や上司)に恵まれなかったのかなと思ったからです。あるいは、教えてもらっていたけれどアドバイスが的確でなかったか、もしくは聞き入れるだけの心の余裕がなかったのか。いずれにせよ、少し同情を覚えたからです。だから、先生を責めたいのではなく、同じ学校で働いていた先輩として最大限の愛情を持って書きました。

なんだ、先生が悪いのか。ちゃんと指導しろよ!話聞けよ!

ってもし思った人がいたならはっきり言います。

多分、あなたが教壇に立ってもこのクラスを崩壊させていると思いますよ。なんならもっとぐちゃぐちゃになっているかもしれません。

ゆうときますけど、むっっちゃくちゃ難しいですからね。

だから、この先生が悪いとかって単純な問題じゃないんです。

学校の先生って知ってますか?ほとんどなんの説明や引き継ぎもないまま、いきなり教壇に立たされるんですよ。そりゃ崩壊しますよ。1対1の人間関係でも難しいのに30人とか相手にハンドリングをするのは並大抵じゃないです。こんな感じで報道はされませんけど、どんだけ崩壊しているクラスが世の中にあるか。

給料だってよくないです。待遇もね。そして勤務時間もブラック。どこに行っても文句を言われる。

でもね、使命感で働いているのがほとんどの先生たちです。

特に、若手の先生はみんなゲロを吐きそうになりながら働いています。

だから、声を大にして言います。「先生はエライんです 」

当事者意識を持とう(報道関係の方へ)

今回の件で、学校の問題について関心を持たれたのならぜひ当事者意識を持ってもらいたい。

無責任に批判している人、騒ぎ立てている人は当事者意識が足りないと思うのです。

今回、先生にケリを入れている生徒についても、出会ったこともないのに騒ぎ立てている人は、やっぱり想像力が足りていないんだと思います。私も会ったこともないので正直知らないですけれど、1対1であれば普通の対応ができるはずです。集団の中の心理状況で、起こったことです。

「こんなクズみたいなやつが」って言えるのはその発言が一定の支持をされると思っているからですよね。それが、集団心理です。もし、「いや彼にも言い分があるはずだよね」って99人が言っている中で1人で「こいつはクズだ!社会のゴミだ!」みたいに言えないでしょ。皮肉なようですが、先生を蹴り飛ばしてしまった生徒と、その生徒に無責任に暴言を吐ける人はそんなに変わらないタイプなんだと思います。だから、当事者意識をそれぞれが持つべきなんです。

事件が起きると、「信じられない!!」みたいなスタンスで、まるで常識から大きく外れたことがおきたかのような報道がされて、1週間ほど騒ぎ立てると何もなかったかのように静まりかえります。

「博多高校」という特殊な学校の特殊なクラスで行われた異常な行為ではないんです。程度の差こそあれ日本中どこの地域にもきっとある話です。偏差値にこだわって面白おかしく書きたてる記事も散見しましたが、偏差値に関係なくどこの学校でもどこの教室でも条件が揃えばおきます。私は田舎の進学校(偏差値73:今調べたけど昔もうちょい低かったんちゃうかな)に通っていましたが、普通にいじめられている先生いましたよ。なんなら、なまじ賢いからかもっと陰湿でした。

学校がうまく回らないようになっているのは、本当に大きな課題です。

だから、もっと一般化して、身近な問題であると認識して議論がされるべきやと思うんです。「あいつら頭おかしい」で切り捨てれる話ならもっと楽ですけどね。残念ながら、別にそんなに単純な話じゃないんですよ。

だから、何が起きたのか、どうすればいいのか、例えばメディアがどうすれば学校の問題を解決するのに資するのかといった視点をぜひ持っていただきたい。

これは、大きなメディアだけじゃなく、ネットメディアも、プライベートな会話の中の批判も同じやと思うんです。

バイラルなとりあえず騒ぎ立てるだけの情報で感情を掻き立てていてはダメなんです。

「こんなんあったらしいよ。学校って今大変見たいねー。(他人事)」

ではなく、「こんなんあったらしいよ。何が原因なんやろうね。自分らになんかできることあるかな?」という考え方を学校の話だけでなく、あらゆる分野において市民レベルでやっていかないと大小様々な社会課題は解決していかれへんと私は思っています。

100の批判より1のアクションを!社会課題を解決するのは、他の誰でもないあなた(全員)です。

教え子(卒業生)向け

嫌な気持ちをしたのではないでしょうか?母校がこういう話題で注目を集めるのは不本意ですよね。

学校で今回起きたこととあなたは別です。無関係です。胸を張って言えばいいと思いますよ。

「暴行動画の流出で有名になった博多高校の卒業生です!」

それでもし、ディスられるようなことがあったらこのURLでも教えてやってください。

「というか、ええ大人やねんから、もうちょっと視野広げて批判したら?」

とでも言ってやりましょう。

少なくとも、私が関わった生徒にクズみたいなんはおらんかったし、それなりにみんな「高校生」をしてましたよ。高校は本当に面白い場所です。みんなそれなりに黒歴史があるでしょう。

例えば、スカートの長さで指導をされたのも、今考えたらどうでもよかったなって思うでしょ。なんであんなムキになってたんやろって。素直に挨拶ができなかった人も、今は職場で元気よく挨拶をしているでしょう。

自分のクラスの生徒には言っていました。覚えてないやろけど。

「思い出したら恥ずかしいのが学生時代です。今みんなが持ってるこだわりは、あとで振り返ったらほんまにどうでもええこだわりやったりします。多分、恥ずかしいことをしてるんやろなと思って反抗してたらええと思うで。絶対後から恥ずかしいから。大人はみんなが通ってきてる道やから、知ってるねん。」

「でも、堂々とするのはちゃうで。それは、なんかがおかしくなってる証拠。あかんことしてる時は、あかんことしてるなーって思いながらあかんことしとったらええねん。それは正常。」

だからですね、これに一個追加させてください。

「バカじゃないのって思ってるかもしれません。もしかしたら、制裁を加えてやろうみたいな鼻息の荒いのもおるかもしれんね。今回の暴力行為をした生徒に対して。でもね、きっとみんなのスカートを短くしてたのとか、授業中に寝てたのとか、あるいは階段の下に潜んで必死で女子のスカートを覗こうとしていた行為の延長線上に今回の暴力行為があるんです。別に暴力行為の肯定をしている訳じゃないですよ。あかんもんはあかんし、だから今回は逮捕されています。でも、大人になったみなさんには身につけてもらいたいこと。それは、自分が学生やった時に例えば私や他の多くの大人がみなさんにしていたことです。問題を見て見ぬ振りをしないことです。頭ごなしに何かを否定するのは問題をなかったことにしているだけです。信じられないようなことが起きた時に、ありえないと切り捨てるのではないんです。だって、実際にありえてるんだから。何が起きても、どんな時でも、なぜ起きたんだろう。自分ができることはないか。と考えることができる人になってください。」

謝罪文に関わる問題についても考察しました。下記よりどうぞ。

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上の名前がコージ、下の名前がコーダイです。 兵庫県生まれ、福岡市在住。 最近、長男が生まれてパパになりました。 暇を見つけては講演、研修の講師をしています。 人の意識を変え、国際協力の必要のない持続可能な社会にすることが目標です。
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