【タダ働きじゃない】「本当の」意味を知ればボランティアをする理由が見えてくる。
ボランティアって何だろう?
この深いテーマについて、国際協力に手と足を生やしたような外務省のおじさん(以下、おじさん)と対話をする機会があったので、ここでまとめたいと思います。
※酒の席だったのと、話をしてから時間が経っているのでおじさんの想いとのズレがあるかもしれません。
草の根レベルのボランティア論です。
一般的なボランティアのイメージ
多分、「ボランティア」って聞いて真っ先に思い浮かべるのは、
- タダで働いてくれる人
- なんかめんどくさい活動をしている物好き
- イヤイヤさせられる活動(学校や地域の草抜きなど)
ここら辺やないでしょうか?
しかし、元々の意味をご存知でしょうか?
ボランティアの言葉の意味
さすが外務省で働くだけあって、おじさんはいきなり言葉の意味から熱く語ってくれました。
「ボランティアという言葉にそもそも無料なんて意味合いは含まれてないんダッ!」
ーーおじさんの言葉
アツいです。
つまりですね、こういうことですよ。
無料でも、ボランティアではない場合がある。
気持ちいいですね。これは、ボランティア経験のある身としては非常にしっくりする考え方です。
もう少しだけ噛み砕くとですね、
無料で働くだけなら、ただの「ただ働き」です。
逆にいうと、
有償であったとしても、ボランティアであるというのは成立する。
いいですか?
じゃあ、キモは何か?
おじさんは語源を加味して、ボランティアをこのように表現していました。
「自発性がある行動、自らの意思による活動がボランティアだ!」
ーーおじさんの言葉
どうですか?
世の中に大量にはびこる「ボランティア募集してます」を一蹴できそうですよね。
自発性が生み出すもの
話の流れから、特に面白いなと私が感じたのはここから先です。
おじさんは、ボランティアの可能性について一般的な人間の生活(経済活動)との違いを引き合いに語っていたのです。
フツーに生活している時って私たちってどんな動きをしていますかね?
個人差はあるとは思いますが、「カネ」のために動いているのがほとんどじゃないですか?
あからさまに「カネ」のために動いていなくても、ちょっと立ち止まって考えてみたらやっぱり「カネ」がありますよね。
ちょっとした買い物の時でも、ビジネスの場でも、「カネ」があらゆる判断に大きな比重を占めています。
しかし、ボランティアは違う。
ボランティアは「志」のために動いている。
つまり、経済活動から逆行することだってできる。社会変革を可能にする可能性を秘めているんです。
おじさんが引用していた江南という漢楽府の一節坂本龍馬の言葉を解説して今回の記事を結びたいと思います。
※ちょっと間違えましたので訂正(2018.3.20)
魚戯蓮葉間(魚が蓮の葉の間で戯れている)魚遊動緑荷(遊んでいる魚が蓮の葉を動かしている)
おじさんは、まさにこれがボランティアだと語っていました。
魚は蓮の葉の間でただ遊んでいる。他意はなくただ好き勝手に(自らの意思で)遊んでいるが、その遊んでいる魚が蓮の葉を動かしていく。
魚が「ボランティア」で蓮の葉が「社会」だとすればちょっと洒落たボランティア論ですね。
今回ご紹介したおじさんが特に惚れ込んでいる海外ボランティア事業の「青年海外協力隊」について知るには下記の記事をどうぞ。
ボランティアについて動画でも話してみました。